【コラム】Appleは電気自動車の夢を見るか?
「Appleが電気自動車を開発している」という噂が2015年初頭に話題となりました。その後、続々と関係情報が報じられており、「Apple Car」と噂される自動車の開発をしていることは「公然の秘密」とまで言われています。
「Apple Car」はどんなクルマで、いつ発売され、価格はどのくらいなのでしょうか?これまで報じられた情報をもとに、その姿に迫ってみたいと思います。
Appleが自動車を出す、と言われるワケ
Appleの収益の中心、iPhoneをはじめとするスマートフォンは、世界各国での普及が一段落して販売台数が減少傾向にあることから、次の収益源となるビジネスが必要とされています。
Appleが「プロジェクト・タイタン」と呼ばれる自動車開発プロジェクトを2014年から進めている、との報道は2015年初頭に報じられて注目を集めました。
同社の研究開発費は2014年から急激に増加し、2016年には100億ドル(約1兆円)を研究開発費に投じています。これはiPhoneやMacといった既存製品ジャンルではなく、全く新たなジャンルに参入するための費用と考えられます。
Apple共同創業者のスティーブ・ジョブズ氏が、2008年には自動車開発に強い関心を示していたとの証言もあるほか、Appleが自動車関係技術の専門家を数多く引き抜いていること、自動車に関連した特許を取得していることなどからも、同社が自動車開発に本格的に取り組んでいることは間違いなさそうです。
Apple Carは電気自動車なのか?
Appleは、自社のデータセンターに必要な電力の全てを、太陽光発電などの再生可能エネルギーで賄い、建設が進む新社屋Apple Campus2でも屋上のほぼ全てをソーラーパネルで覆うなど、化石燃料使用量の削減に力を入れています。
また、製品に含まれる有害物質量を減らす取り組みや、使用済み製品のリサイクルも進めており、企業全体で環境保護に取り組んでいます。
こうした取り組みが奏功し、かつてはAppleに批判的だった環境保護団体のグリーンピースから、世界で最も環境に優しい企業と認定されるまでになっています。
環境保護に熱心に取り組むAppleが自動車産業に参入するとしたら、ガソリンなどの化石燃料を採用することはない、と考えられます。また、非常に複雑な機構を持つエンジンの開発は後発企業の新規参入を阻む大きな参入障壁となっており、Appleがわざわざ参入するメリットが見当たりません。
次世代の自動車の動力源としては、電気自動車のほか燃料電池車なども考えられますが、技術の成熟度、インフラの整備状況などを考慮すると、電気自動車が現実的な選択となりそうです。Appleは、電力を販売する子会社を設立し、充電ステーション企業から技術者を引き抜いていることから、充電用インフラも自社で普及させるつもりかもしれません。
Apple Carは自動運転?
世界の自動車メーカーが研究を進めている自動運転ですが、最大の鍵となるのは道路状況をリアルタイムで認識し、適切な操作を瞬時に判断できるソフトウェア技術と言われています。
Appleとの対比で語られることの多いGoogleも、自動運転技術の開発に取り組んでおり、すでに公道上での試験走行も進んでいます。
しかし、Googleはあくまでもソフトウェア企業であり、自社では製造を行わずに、自動運転プログラムを他社に供給することでビジネスにしようとしている、とテスラのイーロン・マスクCEOが語るように、Googleは製造は行わず、ソフトウェアを販売するビジネスモデルを持っています。
Appleは、アメリカ国内でカメラとレーダーを載せた車両を走らせているのが繰り返し目撃されており、地図開発のほか、自動運転技術の開発に必要なデータ収集の目的もあるのではないか、と噂されています。
また、中国でのUber事業買収が報じられた、中国版Uberと呼ばれるDidiへの10億ドルに上る巨額出資の目的は、自動車の走行データを収集し自動運転技術の開発に役立てるためではないか、とも噂されています。
Apple Carはいつ発売される?
安全性が人命に直結する自動車の開発は、ソフトウェアと違い「ベータ版」がないこともあり、安全性の確保のために巨額の費用と長い時間が必要となります。
自動車の新モデル開発には5年や6年が必要、と言われます。Appleの自動車開発本格化が2014年だとすれば、6年後の2020年を目標と設定するのは現実味のあるスケジュールと言えそうです。
しかし、2016年に入り、Appleで自動車開発の中核を担ってきた人物が退職し、デザイン最高責任者のジョナサン・アイブ氏がプロジェクトの進捗に不満を持っていると伝えられました。
その直接的影響があったかは不明ながら、最近、Appleが2020年を予定していた自動車の発売を2021年に遅らせた、と報じられています。
開発計画の遅れを取り戻すためなのか、Appleは、かつてテクノロジー担当上級副社長としてMacBook AirやiPadの開発を率いたボブ・マンスフィールド氏を自動車開発の総責任者に据え、その部下としてBlackBerryの子会社で自動車用組込みソフト大手QNX社のダン・ダッジ元CEOをあてるなどしています。
Appleにとって、自動車開発は新規参入事業であり、今後も困難な事態に直面する可能性もあることから、発売時期は2021年よりも後になる可能性もあります。
Apple Carの価格は?
iPhoneやMacなど、Apple製品の価格は競合より高めに設定されてきました。この価格設定により、同社がソフトウェアとハードウェア両方の開発や、販売店舗、サポートを自社で展開するコストをカバーできるばかりではなく、プレミアムブランドとしてのポジションを確立するのに役立ってきました。
自動車市場においても、Appleがプレミアムブランドを志向するのが自然と考えられます。
Apple Carの販売価格については、今年3月、著名アナリストが「75,000ドル(約750万円)程度」との観測を発表しています。
この価格は、テスラのセダン「モデルS」やSUV「モデルX」と近いものです。もし、Apple Carの価格帯がテスラの主力モデルとぶつかるなら、テスラのイーロン・マスクCEOの「競合になる」との発言や、繰り返されるライバル意識むき出しの発言の裏に、危機感があることが理解できます。
参考に、現在市販されている電気自動車のアメリカでの販売価格(ベーシックグレード・オプションなしの車両本体価格)と、1ドル=約101円で日本円に換算した価格は以下のとおりです。
- テスラ モデルS:66,000ドル(約670万円)
- テスラ モデルX:74,000ドル(約750万円)
- テスラ モデル3:35,000ドル(約350万円)
- BMW i3:42,400ドル(約430万円)
- BMW i8:140,700ドル(約1,430万円)
- 日産 リーフ:29,010ドル(約300万円)
Apple Carはどこで買える?
自動車の販売には、製品を見せて商談し、販売後の整備やサポートに当たるための店舗が必要です。
Appleは、直営店舗Apple Storeを世界に展開していますが、既存店舗には自動車を展示し整備できるほどのスペースがないものがほとんどです。
Appleが、自動車販売に適した店舗網を改めて構築するのはあまりにコストがかかるため、大手自動車会社と提携し、販売チャネルに相乗りするのが現実的ではないかと考えられます。
提携先として考えられるのは、世界主要国で事業を展開しており、プレミアムブランドのイメージがあり、電気自動車をすでに市販している自動車企業、となります。
有力候補のひとつとして考えられるのはドイツのBMWです。同社の工場に、ティム・クックCEOが視察に訪れたとも報じられるなど、一時期は両社の接近が注目されましたが、その後、交渉が破談になったとも伝えられています。
以前、Appleがテスラを買収するのではないか、との報道もありましたが、その後は続報がありません。両社が人材の引き抜き合戦を展開していること、テスラのイーロン・マスクCEOがAppleを攻撃するような発言をしていることから考えても、買収の可能性はなさそうです。
2016年5月、サンフランシスコ市中心部に開店したユニオンスクエアの店舗には、大きく開くガラスドアが設けられ、自動車の搬出入や展示を可能にするためではないか、と考えられています。
販売やアフターサービスの大半は既存自動車メーカーのチャネルに頼り、一部の旗艦店舗でのみ、Apple Carを展示する形態が想定されます。
Apple CarはAppleに利益をもたらすのか?
世界の強豪メーカーがしのぎを削っている電気自動車開発には、巨額の研究開発費がかかることもあり、現時点で安定した収益源にはなっていない、と見られています。
自動車情報メディアのレスポンスによると、テスラは、8月3日に公開した2016年第2四半期(4~6月)の決算で、2億9319万ドル(約297億円)の赤字であることを明らかにしましています。BMWの電気自動車部門は、利益を生むというよりは先進的な技術をアピールし、企業イメージを向上させるための存在ではないかと見られています。
Appleが巨額の研究開発費を投じて推し進めている自動車事業から、どの程度の収益を期待しているのか、黒字化の時期をどう考えているのか、株主にどう説明するのか、注目されます。
Appleは電気自動車の夢を見るか?
やはり、Appleが電気自動車を開発しているのはほぼ間違いなく、5年以内にはその姿を見ることができる、と期待して良さそうです。収益の柱であるiPhoneの販売が減少しているAppleとしては、巨額の研究開発費と長い時間を投じたApple Carを利益を生む事業にしたいことでしょう。
Appleにとって、電気自動車は夢ではなく、現実なのです。
Photo:Apple, Tesla, BMW, Business Insider, 9to5Mac, Motor Trend, Aristomenis Tsirba
(hato)