【書評】ティム・クック アップルをさらなる高みへ押し上げた天才
Appleのティム・クック最高経営責任者(CEO)の人物像に迫った書籍「ティム・クック アップルをさらなる高みへ押し上げた天才」の日本語訳が発売され、読んでみたので、ご紹介します。
ティム・クック氏の人物像に迫る
世界最大のテクノロジー企業、Appleを率いるティム・クック氏は、各種イベントやメディアのインタビューへの露出こそ多いものの、その人物像が詳しく紹介されることはあまりありません。
しかし「ティム・クック アップルをさらなる高みへ押し上げた天才」では、Appleの共同創業者で初代CEOのスティーブ・ジョブズ氏とクック氏の両方を知るApple役員のグレッグ・ジョズウィアック氏をはじめとする人々の証言を織り交ぜながら、クック氏の人物像に迫っています。
本書は、iPhone Maniaで以前ご紹介した「ジョナサン・アイブ 偉大な製品を生み出すアップルの天才デザイナー」の著者で、米メディアCult of Macの運営者でもあるリーアンダー・ケイニ―氏によるもので、アメリカでは2019年4月に発売されており、8月下旬に待望の翻訳版が発行されました。
IBMやCompaqの生産管理で活躍
ティム・クック氏は、保守的なアメリカ南部のアラバマ州で育ち、同州のオーバーン大学で生産工学を学びました。1982年に大学を卒業したクック氏が就職したのは、スティーブ・ジョブズ氏が目の敵にしていたIBMでした。
IBMに入社数年でリーダーとして頭角を現したクック氏は、デューク大学のビジネススクールで倫理学を熱心に学んだそうです。
その後、32歳の若さでコンピュータ製品を販売するIntelligent Electronicsに最高執行責任者(COO)として迎え入れられました。
Intelligent ElectronicsがGEに事業を売却した後の1997年、クック氏はCompaqに引き抜かれ、サプライヤーを効果的に活用することで、低価格のWindows 95パソコンを大ヒットさせる立役者となっています。
37歳でApple入社。倒産寸前から1年で立て直す
Appleからの誘いを何度も断っていたクック氏は、結局、ジョブズ氏の情熱に押され、1998年3月、37歳でワールドワイドオペレーション担当上級副社長としてAppleに入社しました。
当時のAppleは、低価格のWindows 95パソコンが売れる一方でMacの販売が落ち込み、混乱した製造工程によって倒産の危機に瀕していました。
IBMやコンパックで学んだ生産管理のオペレーション技術をフル活用したクック氏は、Apple入社1年で、積み上がっていた在庫を解消し、収益の劇的な改善に貢献しました。
本書では、クック氏が製造プロセスを的確に管理し、事実上のCEOを務めていたおかげで、ジョブズ氏はジョナサン・アイブ氏と一緒にデザインに徹底的にこだわった製品開発に没頭できた、という分析も紹介されています。
困難な船出、そして6つの価値観
スティーブ・ジョブズ氏の後を引き継いだクック氏は、偉大な共同創業者と比較され「地味で退屈な男」と評されたばかりでなく、電子書籍をめぐる訴訟、SamsungなどAndroidとの競争激化、iOS6のマップアプリの大失敗と、困難だらけの船出となりました。
しかし、クック氏が率いるAppleは、ジョブズ時代には重視されなかった、環境やサプライヤーの労働環境など、企業としての倫理を大切にしています。
本書では、Appleが以下6つの価値観を掲げていることを紹介しており、クック氏の言動がこの価値観に基づいたものであることに納得させられます。
- アクセシビリティ:誰にでも使いやすい製品を作る
- 教育:質の高い教育を誰でも受けられるようにする
- 環境:製品デザインと製造過程で、環境を保護する
- インクルージョンとダイバーシティ:多様性を大切にする
- プライバシーと安全性:プライバシーを基本的人権と捉え、顧客のプライバシーと安全性を徹底的に保護する
- サプライヤー責任:サプライチェーンで働く人々を教育し、支援する
同性愛のカミングアウト、FBIとの対決を支えた価値観
プライベートを明かさないティム・クック氏が、自身が同性愛者であることを公開したことは、同性愛に否定的な国での製品販売に影響を及ぼすリスクもありました。しかし、自身がカミングアウトすることで、声を上げられずにいる人々の力になりたいとの思いで公開に踏み切った、とその理由を語っています。
また、米カリフォルニア州での銃乱射犯が持っていたiPhoneのロックを解除するためにバックドア提供を要求するFBIと真っ向から対立した時は、その姿勢に賛成する人も多かった一方、当時の大統領候補者ドナルド・トランプ氏が不買運動を呼びかけるなど、賛否両論の議論を呼びました。
2018年8月、Appleが1兆ドル企業になった時、クック氏は社内向けのメールで、社員の努力を讃え感謝しながらも「経済的な利益は、製品とお客様を第一に考え、我々の掲げる価値観に常に忠実であり続けるという革新の結果にすぎない」と、金銭的な成功に踊らされないことの重要性を語りました。
本書を読むと、世界的に注目を集めたクック氏のこれらの言動に限らず、Appleの様々な取り組みの背景には、先述した6つの価値観が存在していることに気づかされます。
Appleの姿勢、クック氏の言動が理解できる
本書は、Appleを率いるクック氏の人間性を知ることで、Appleという企業を知ることができる本だと思います。
ヘルスケア、自動車、拡張現実(AR)といった次の成長分野に投資を続けるAppleが、今後どんな動きを見せるのか。その時、クック氏が何を語るのか。
ティム・クック氏のことを知ることで、Appleの今後の動きに、ますます注目したくなる一冊です。
Source:「ティム・クック アップルをさらなる高みへ押し上げた天才」 リーアンダー・ケイニー(著), 堤 沙織(翻訳) Amazon, Apple Books
(hato)